通信使が驚いた日本(その3)ハングル

2009/01/11 07:10



朱子学が朝鮮経済の発展を妨げた要因には、文字の問題もあります。『海游録』の次の記述は文字について述べたものですが、一瞬私には何のことか理解できませんでした。


「関白(将軍)はじめ各州の太守(各藩の藩主)、百職の官は、一人として文字を解する者なく、ただ諺文(仮名)48字を以ってし、真書(漢字)数十字をこれに混用す。これで状聞や教令をつくり、符牒や書簡もつくって、上下の情を通じ合う。国君の指導が概ねかくの如くである。」


上の記述で「日本の将軍や大名はみんな文字を知らない」というのは、漢文を読み書きできないという意味です。上は将軍から下は庶民に至るまで、朝鮮の諺文(おんもん=ハングル)のような仮名を用いており、それに少し漢字を混ぜて使っているとして、軽蔑しているのです。


しかし、江戸時代に日本の商業が発展した原因の一つには、仮名の存在が大きかったと言っても差し支えないでしょう。「漢字仮名混じり文」という国民的な日本語表記法の存在と、識字率の高さは、身分の垣根を越えた円滑な意思疎通と書物を通じた学問の大衆化を可能にしていました。


平仮名は9世紀に万葉仮名の崩し字として生まれましたが、905年に撰集された古今和歌集を切っ掛けに公的地位を獲得し、12世紀頃から庶民層にも普及し始めました。江戸時代には、読み書きできる層が飛躍的に拡大し、士農工商全てが経済行為に参加できる基盤となっていました。


一方、朝鮮では、15世紀に有名な世宗(せじょん)王がハングル文字を発明したのですが、それを「訓民正音」として公布するに当っては官僚が猛烈な反対運動を起こしました。反対論者は「いま漢字と別に諺文(ハングル)を作ることは、朝鮮が中華を捨てて夷狄と同じになることである」と王に訴えます。「華・夷の別」を唱えた朱子学が朝鮮の国教となり、朱子学者が官僚の地位を独占したことによってなされた頑迷固陋な反対論と言えましょう。世宗王はこれに対して「庶民もたやすく習うことができ、日常生活の中で便利に使える朝鮮語の表音文字が必要だ」と反対派を説得して、やっと公布に踏み切ることができました。


ところが、世宗王に説得されたかに見えた官僚たちは、その実、ハングルを蔑視し、子々孫々450年間に亘って漢字のみを用いて生活していました。ハングルを使用していたのは、下層庶民、婦女子、僧尼だけです。官僚と両班層は、漢字を読めない人々を「文盲」と罵り、その上にあぐらをかいて支配し続けていたのです。このような文字の断絶は階級間の不信を拡大し、国民経済発展の障害とならざるを得ませんでした。


李氏朝鮮時代に経済が発展しなかった背景はまだまだあります。

  • 最終更新:2009-02-10 16:30:21

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