「異なる近代を鏡として」

heuristic ways   2005-04-12
「異なる近代を鏡として」


中国、反日デモ


  ここ数日、中国での反日デモの報道にいろいろ考えを巡らせ、判断材料や手掛りの不足に思い悩んでいたのだが、今朝、店から帰る道の途中で、ふと「異なる近代を鏡として」というフレデリック・ジェイムソンの言葉*1が頭に浮かんだ。たとえば東京新聞社説(4/11)の「デモ頻発の背景には今年が抗日戦争勝利六十周年という事情がある」というくだりを読んだとき、私は、われわれとは異なる近代のパースペクティヴを現に生きている人々がいるのだということを強く意識させられた。私がそこから連想したのは、大韓民国憲法前文(1987年)の「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は、三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統及び、不義に抗拒した四・一九民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して、正義、人道及び同胞愛により民族の団結を強固にし…」という書き出しをかつて読んだときの驚きだった。そこには、まったく異なる近代の展望があり、彼我双方に「違った時間」が流れていることを痛感させられる。だが、トロツキーの「結合発展の法則」によれば、歴史過程の「不均等性」という普遍的な法則から、「相異なる発展段階の接合、別々の段階の結合、時代遅れの形態ともっとも近代的な形態とのアマルガム」が生じる。違った時間を生きている者同士が、同じ瞬間に立ち会い、「複雑な、結合的な性格をもつにいたる」出来事が生じることがあるのだ。

  ジェイムソン氏は、「中心は、周縁が-様々な不満にもかかわらず-対処する必要のない、特別な盲目性を持っている」と言う。たとえば、日本には「反米」という言い方はあるけれども、「反中」や「反韓」という言い方は聞かない。つまり、中国や韓国の人々が「反日」という形で日本に向けているのと同じような注意(=感情転移)を、あるいは、多くの日本人がアメリカに向けているのと同じような視線を、日本人は中国や韓国に対して「決して向けてはこなかった」のだと思う。乱暴な言い方だが、私の印象では、今の日本人は、中国を経済的対象として、韓国を文化的対象として、北朝鮮を軍事的対象として以外見ようとしていないのではないかという気さえする。

  だが、なぜ今、中国で反日デモが昂揚してきたかを「理解できない」私も、他の日本人と違う訳ではない。とりあえず今回の件に対する各新聞の取り扱い方を見てみることにする。


  まず、朝日社説「中国政府 なぜ暴力を止めないのか」(4/11)。

    •  果たして当局側に、デモの暴走を止めようという意思があったのかどうか。解せないというほかない。
    •  興奮した群衆を無理に制止することで、怒りが当局側にはねかえるのを恐れたのかもしれない。いまの中国は収入の格差が大きく開き、腐敗などの不公正、不公平への不満がたまっている。何かの機会にこれが共産党や政府にぶつけられることを当局側は心配してきた。
    •  それとも、反日感情の強さをそのまま日本や世界に見せたかったのだろうか。
    •  中国当局は、こうした暴力デモは絶対に認めないという姿勢を内外に明確に伝える必要がある。首都北京でもこうした行動が許容されたということになれば、さらに地方へ波及しかねない。

  ここでは、まず中国政府に自制を求めるという要望が出されているが、翌日の社説「八方ふさがりの日本外交 小泉首相の責任は重い」(4/12)では、「一連の反日運動の広がりには、中国側の事情による部分もあるに違いない」としながらも、「しかし、日本政府はそうした中国の問題点を見据えたうえで、効果的な外交をしてきただろうか。残念ながら逆だったと言わざるを得ない。その根底にあるのが小泉首相の靖国神社参拝だ」と、今度は日本政府側の問題を取り上げる。
    •  中国だけではない。韓国とは、竹島と歴史教科書であつれきが噴き出した。
    •  盧武鉉大統領は、かつてない厳しい表現で歴史問題に対する日本の取り組みを批判した。これにも、韓国の国内事情があったかもしれない。しかし、国民の反発を承知で「私の任期中は歴史問題を争点とする気はない」とまで言っていた盧大統領の豹変(ひょうへん)を招いた裏に、日本外交の思慮の乏しさもあったのではないか。そこにも靖国参拝が影を落としている。
    •  首相は昨年9月の国連総会で、安保理の常任理事国入りを目指す決意を表明した。だが、韓国は支持どころかはっきりと反対で動き始めた。中国ではこれが反日デモの火をつけてしまった。肝心のアジアの支持を得られないで、どういう戦略が描けるというのだろうか。

  読売社説が書きそうなことはなんとなく予想がつくが、案の定、[中国デモ騒動]「『反日』だけは黙認するのか」を読むと、いきなり「「反日」なら何をしようと許されるのだろうか」と、直情的・扇情的な「条件反射」を起こしている。そこからある種の「陰謀論」や「被害者意識」が出てきたとしても不思議ではない。最悪のナショナリズムを煽るのが読売新聞の使命なのかと勘繰りたくもなる。ただ、「中国側の事情」のある側面は見えてくるという効能はあるかもしれない。
    •  デモ騒動の拡大にはインターネットの反日書き込みやデモ計画の掲示が大きな役割を果たしている。反政府や反共産党の言論は「ネット警察」が厳しく統制しているが、反日言論は野放し状態だ。
    •  中国政府は、1989年の天安門事件で共産党支配の“正統性”が揺らいだのに危機感を抱き、愛国主義・反日教育に“正統性”を設定した。小学校低学年から高校に至るまで教科書に記述するのはもちろん、全国に“反日記念館”を建設し、課外教育に使っている。
    •  騒動の中心になっている大学生など若者はこうした環境で育った世代だ。

  毎日社説「中国デモ暴徒化 チャイナ・リスクの芽を摘め」は、今回の反日デモを「チャイナ・リスク」という言葉で捉えている。その前提には、「中国が高度成長を持続していくためには、日本からの積極的な投資、とくに成長の阻害要因となっている環境破壊を食い止めるための新技術導入が不可欠だ。日中の経済関係が活発なことは中国の国益でもある」という認識があるが、私としては、そういう「経済成長論」的な視線しか中国に向けないことがむしろ問題なのではないかという気がする。
  ただ、毎日社説で注目に値するのは、デモの担い手を分析していること。
    •  尖閣諸島領有権運動や日本製品不買運動の活動家があおった反日デモが、なぜ暴徒化したのか。大学地区の中関村での反日集会では学生主体の若者たち約2000人だった。ところがデモ行進が始まると、地方から出稼ぎに来ている男女の労働者が加わり約1万人に人数が増えた。群衆はデモ指揮者の指示を無視して、日本大使館に向かい投石した。
    •  今回の反日デモには、日本製品不買運動団体が加わっている。攻撃の対象は、「中国政府が批判する日本の歴史教科書を支持している」と彼らに名指しされた日本企業だ。
    •  歴史認識に名を借りて、日本人に対する人種差別的な言い回しで反日感情をあおる勢力も、新たなチャイナ・リスクである。だが、実のところ日本製品の多くは、中国人労働者が製造するメード・イン・チャイナであり、不買は筋違いなのだ。

  コンビニでは毎週のように次々と、ソフトドリンクに首掛けする景品が納品されてくるが、私が見る限り、そのほとんどは「Made in China」。ナオミ・クラインは、中国・インドネシア・インド・フィリピンといったアジア諸国が先進国の有名ブランドの「搾取工場」「下請け工場」と化している事態を取材しているが、コンビニの「イメージ化戦略」も何かそこに一脈通じるものがあるのだろう。はたして「不買は筋違い」なのか。それが「途上国の労働者と先進国の消費者が連携すること」を妨げるならば、その通りなのかもしれないが、「搾取」や「下請け」の構造的カラクリに注意を集める効果をもつならば、むしろ不買(boycott)はズバリ「的を射た」行為なのではないか。

  産経の【主張】「反日デモ暴走 中国は再発防止に全力を」も中国指導部の教育政策やデモ暴走の放置を問題視しているが、沖縄タイムスは、[反日デモ]「相互理解へ取り組み急げ」で、日中の歴史的事実に対する「相互理解」の必要性を訴えている。
    •  デモは尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有を掲げ歴史教科書を批判、日本の国連常任理事国入りに反対している。
    •  その行為を「愛国主義」だと主張している。
    •  なぜ、日本に抗議することが「愛国」なのか。ここに問題は集約されるように思える。
    •  一つには言うまでもなく日本の侵略の歴史が背景にある。戦後六十年へても韓国や中国から批判が絶えない。
    •  私たちは、両国民を納得させることができないでいる。反省と謝罪を行うことには自虐史観という見方もあるが、歴史的事実を認め反省することは相互理解の出発点だ。
    •  一方、中国において日本の侵略の歴史を愛国主義教育と結び付けてきた。国民を一つの方向に導く目的で他国の歴史的行為を利用することは、不信の根を政府自らまいている、と批判されてもしかたがないのではないか。
    •  デモの中心はその教育を受けた若者たちだ。インターネットや携帯電話で情報をやりとりし膨れ上がったデモは、当局の予想を上回った、という。
    •  歴史的事実を抗日・愛国に結び付けることなく、友好の土壌こそじっくり育てるよう中国政府に求めたい。


韓国、独島(竹島)問題


  中国や韓国での「反日」感情の高まりは、海外ではどう見られているのか。
  英語の新聞をチェックしたかったが、今は時間的にも能力的にも余裕がない。

  とりあえず、中央日報を覗くと、「エコノミスト誌「日本は歪曲教科書の承認を中断せよ」」(4/10)という記事があった。
    •  英国の週刊誌「エコノミスト」最新号(8日付)が、東アジアでの真の同伴者関係を構築するには「日本が歴史歪曲教科書の承認を中断し、日本帝国主義の占領による被害者にもっと賠償せよ」と指摘した。
    •  同誌は、日本政府が過去に犯した残虐行為を縮小・歪曲する『新しい歴史教科書』を承認したことについて、韓国と中国が激しく憤慨していることを伝え、日本帝国主義の過去の問題は、現在においても東アジア諸国の関係を阻害する要因だと述べた。


  一方、産経新聞は、「「反日の陰に中国政府」 英紙が社説で指摘」(4/11)という記事を載せている。
    •  11日付の英紙タイムズは社説で、中国の過激な反日行動について「明らかに中国政府の暗黙の奨励に基づいて行われている」と指摘した。
    •  その上で「日本の世論はもはや中国に対して、それほど卑屈ではない」と強調。反日行動の過激化を許せば日中の経済関係が脅かされるなどとして「最終的には中国が敗者になるということを中国政府の指導者は理解しなければならない」と主張した。
    •  一方で小泉純一郎首相に対しては、教科書検定をめぐる日中両国の緊張関係を終わらせることや、靖国神社参拝以外による戦没者の追悼方法を見いだすことで、「真の改革者」であることを証明するよう求めた。(共同)


  面白かったのは、「ドイツ人学者も「独島の国際問題化は不公平」」(中央日報4/6)という記事。
    •  ドイツ人日本学教授が、独島(トクト、日本名:竹島)をめぐる日本の主張を激しく批判した。批判者は、独デュースブルク大学東アジア研究所のフロリアン・クールマス教授(56)だ。
    •  クールマス教授は今月2日、スイスの権威紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)に「独島または竹島、大韓海峡内の権利と歴史」なる文を寄稿した。 同文でクールマス教授は「独島問題を国際法廷で争おう」とする日本の主張に対し「公平で意味のある提案だろうか」と問うた後、子細に反論した。
      •  まず、独島が日本領土だとソウルで発言して物議を醸した駐韓日本大使を「外交官に極めて重要な資質たる礼儀を兼ね備えていない」と指摘した。
      •  また、独島問題を歴史的な脈絡から探るべきだと主張した。 韓国が独島問題をオランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICRC)で争うことに反対していることについても「敗訴の恐れに注目するのは、この問題の歴史的背景をしっかり把握できていないからだ」と論じた。 クールマス教授は「過去の国際法は、韓国の正常な状態を失わせ、韓日併合をなし遂げる道具となった」とし「韓国でハーグは極めて苦痛の記憶と結び付いている」と指摘した。 また「高宗(コジョン)皇帝は、1907年にハーグで行われた第2回国際平和会議に3人の特使を派遣した。 1905年に日本が乙巳条約(第二次日韓協約)を結び、韓国の外交権を奪ったことに抗議するためだ。 しかし、日本は国際社会の同意の下、ハーグ会議での韓国代表を務めることで、韓国の主権はく奪が国際法によって適法とされた」と論じた。 さらに「露日戦争を終結させるため、セオドア・ルーズヴェルト米大統領の仲裁によって1905年に締結されたポーツマス条約のせいで、韓国は日本の被保護国になった」と指摘し「これがきっかけでルーズヴェルト大統領はノーベル平和賞を受賞したが、韓国は主権を喪失した」とルーズヴェルト大統領を批判した。
    •  クールマス教授は「韓半島は沖縄や北海道の次に日本が求めた膨脹政策の目標地だった」とし「日本は1870年代以降、韓国の力を弱めるために体系的な工作を行い、国際法を極めて悪賢く利用した」と分析し、この時点で国際法は、強大国の命令に従って反映されていたと指摘した。


  朝日新聞の「竹島・教科書、日本企業に影じわり」(4/10)では、「教科書や竹島(韓国名・独島)をめぐる日韓関係悪化の影響がビジネスの世界にも広がってきた。通信販売番組で日本製品の扱いを中止したり、日本企業をプロジェクトから外したりと、日本企業の業績にも影響するような動きが出ている」ことが伝えられている。



日本、フリーター


  「フリーター今年度中に20万人減らせ 国が取り組み」(朝日4/11)
    •  厚生労働省は11日、フリーターの増加や高止まりしている失業率など、改善が遅れている若者の雇用問題について対策を強化する方針を決めた。05年度中に20万人のフリーターを正社員などの定職に就かせる数値目標を設定。5月には経済、労働、教育界などのトップを集めた厚労相主催の国民会議を開き、社会全体の課題として取り組む考えだ。
      •  具体的には、各ハローワークにフリーターの相談に応じる専任職員を置いて個別相談や職業紹介をすすめる一方、企業の合同選考会やセミナーを開く方針で、こうした取り組みで約10万人の正社員化を見込んでいる。
      •  さらに、企業で3カ月間試行的に雇い、マッチすれば正規採用する「トライアル雇用」を推進。昨年度約5万人が利用し、8割程度が正社員へつながった実績がある。また、就職情報の提供やキャリア相談を一括して行う就職支援センター「ジョブカフェ」などの取り組みで計10万人の正社員化を進めるという。
      •  これらの事業を中心とした若年雇用策として、厚労省は約370億円を今年度予算に盛り込んだ。来年度以降については「実績をみて判断したい。目標数値を設けるかどうかも未定」としている。




 *1:In the Mirror of Alternate Modernities, 1993.  柄谷行人『日本近代文学の起源』英語版にジェイムソン氏が寄せた序文のタイトル。




  • 最終更新:2010-06-11 17:33:56

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