「竹島」は譲れない-韓国教科書が作った壁

芋幹木刀  2006/05/05
 
 
 韓国のノムヒョン大統領は、去る4月25日、対日政策に関する特別談話を発表した。大統領は竹島について「日本が朝鮮半島の侵略で最初に奪い去った歴史の土地だ」とこれまでになく激しく非難した。
 大統領はさらに「日本が誤った歴史を美化する限り、韓日の友好関係は成立しない」と断じているが、経済的関係や文化交流を断絶するとまでは言っていない。
 
 竹島の領有権が古来わが国に在ることは、多くの識者が論じてきており、今や疑いを差し挟む余地はない。ましてや「侵略して韓国から奪い取った土地」なんかではない。韓国の竹島領有の主張は、90キロも離れた異なる2つの「竹島」の取り違えとする説が有力である。
 
 関連年表(主要なもの)は次の通り。
・1895・明治28年 日清戦争・下関講和条約 清国、日本の要求を受け入れ、「李氏朝鮮」の宗主権を放棄し、同国の独立を承認。のち「大韓帝国」と称す。

・1905・明治38年 日本、竹島を正式に領有(島根県)。
・1910・明治43年 日本、大韓帝国を併合。

・1945・昭和20年 日本敗戦。米ソ(連合運)、朝鮮半島・南北分割進駐。信託統治下へ。
・1948・昭和23年 「大韓民国」成立(李承晩 初代大統領)、「朝鮮民主主義人民共和国」成立(金日成 初代首相)。

・1950・昭和25年 朝鮮戦争勃発。
・1951・昭和26年 サンフランシスコ平和条約。竹島を日本の固有の領土とする。

・1952・昭和27年 李大統領、李ラインの内側に竹島をくみ入れ、武力で不法占拠。
・1965・昭和40年 日韓基本条約締結。日本、竹島の領有権問題で、国際司法裁判所付託を提案するも韓国拒否で棚上げ、先送り。

・ 2005・平成17年 島根県議会、「竹島の日」の条例可決。
・ 2006・平成18年4月22日 「竹島周辺調査問題」で外務次官協議妥結。
 
 
 竹島問題解決の難しさは、わが国の歴代政府が、長年にわたる韓国の不法占拠(実効支配)を許してきたこと、それに両国とも今日戦後生まれが大半を占めるに至り、韓国の国定教科書では竹島が韓国の領土であることが明示され、国民に一貫して刷り込まれてきていることがある。従って、韓国では与野党とも「反日」が主流となっており、マスメデイアもそれを煽っている。
 
 ノムヒョン大統領は、1946・昭和21年の生まれだから、李ライン以後の教育を受けたいわば「確信犯」と言ってよい。“刷り込み教育”における教科書の恐ろしさは、戦前わが国の「皇民教育」をみればわかる。
 
 「自分の知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています。これも一種の『バカの壁』です」(バカの壁 養老孟司)。こうなると「話せばわかるは大嘘」ということになる。話し合いでは容易に解決しない。
 
 識者の一部には、竹島放棄論が存在するが、これは不可である。そんなことをしたら、竹島に係る排他的経済水域(EEZ)を失うだけでなく、尖閣諸島、沖の島、北方四島、はもとより、将来沖縄本島の領有権問題まで発展するは必定となろう。
 
 武力の行使はあり得ないから(自衛権は留保)、わが国としては、事あるごとに辛抱強く、韓国はもとより国際世論に訴え、韓国社会の民主的成熟を待ちつつ、「バカの壁」を低くして、最終的には国際司法裁判所への付託合意を取り付けるしかないであろう。
 
(鈴木康之)

  • 最終更新:2009-02-10 19:09:47

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