日本と韓国の思想(その1)

2008/12/12 12:00




「日本と韓国――この似て非なるもの」というテーマで、お話をしたいと思います。ブログは初めて書きますので下手ですが、よろしくお付き合いの程、お願いします。



日本と韓国とは一番近い隣国でありながら、両国の文化や人々の考え方が随分違うと感じる方は多いことでしょう。


私は半年前まで、日韓経済協会と日韓産業技術協力財団の専務理事として韓国の人たちと親しくお付き合いしてきました。そのお付き合いの中で、日本人と韓国人が「似ている」と感じるケースと、「かなり違う」と思うことがありました。


顔かたちも似ていますが、駆け引きのうまくないところも、好きな歌謡曲の旋律まで、かなり似ています。


しかし、日本人と異なる、韓国人の特性として「年長者への礼の篤さ」「仲間同士の情の深さ」に感心する一方で、「企業内での技術軽視」「形式・外観重視」などに驚くこともありました。


以上のような日韓の違いについて私が発言すると、日本人、韓国人を問わず多くの方が「韓国人の国民性の底には儒教があるからですよ」と説明してくれました。


しかし、そう言われても、私には十分に合点が行きません。「日本人も儒教の影響を受けているのに」などと思ったからです。日本では「彼はまさしく巧言令色少なし仁だ」などと人の悪口にさえ論語を引用する人がいるし、社長訓示などにも孔子の言葉はよく使われますからね。


退任後、上記のような疑問を抱いたまま「日本の儒教と韓国の儒教は、どこかが異なっているのではないか」と考えて、日本と韓国における儒教を中心とする思想の発展史に関わる勉強を始めました。


そして、儒教が生まれた時から持っていた基本的な性格が、大きな歴史のうねりの中で、日本と韓国でそれぞれの変容を遂げた様子や、それが両国の社会に重要な影響をもたらしたことも判ってきました。

  • 最終更新:2009-02-10 16:46:20

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