芹田健太郎『日本の領土』-1(読書録)

芹田健太郎『日本の領土』(中公叢書、2002年)

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      『中央公論』2006年11月号
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読書録365(2004.02.07)
芹田健太郎『日本の領土』(中公叢書、2002年)

今日、2月7日は「北方領土の日」です。これは、1855年日露通好条約が調印され、日露間の国境が択捉島とウルップ島の間と定められ、国後島、択捉島、歯舞群島及び色丹島が日本の領土とされた日で、1981年に国が、北方領土問題に対する国民の関心と理解を深め、北方領土返還要求運動の一層の推進を図るために作ったそうです。

日本は北方領土の他にも、韓国との間に竹島問題、中国との間に尖閣諸島問題を抱えています。せっかくの機会なので、この日に、日本の領土について考える本を読書録でとりあげたいと思います。

・芹田健太郎(せりた・けんたろう)
 1941年中国(旧満州)生まれ。京都大学大学院から神戸商船大学助手。のち講師、助教授を経て、81年神戸大学法学部教授。この間フランス政府給費留学生としてパリ大学に研修出張。現在、神戸大学大学院教授。専攻は国際法。


▼本書の内容

領土の変遷を見ると、国のかたちが見えてくる。本書は、これを国際法的に分析する。明治以来の近代国家としてたどった日本を見ることにより、われわれのかたちを直視し、そのことによって、われわれの東アジアひいては世界におけるありようを探る。

【はじめに】
 国によっては憲法中に領域に関する規定をおくことがある。しかし、日本国憲法にはその種の規定はなく、現在の日本の領域は基本的には1945年7月のポツダム宣言および1951年9月の対日平和条約によって定められている。従って、日本の領土の現状は、対日平和条約を分析することによって明白になる。

【第一章 日本の領土の変遷】
 日本の領土の変遷を、幕末・明治期における領土の確定から、その後の領土の拡大、そして戦後の対日平和条約によるいわば縮小まで、概観する。

【第二章 国後島・択捉島・歯舞諸島・色丹島―いわゆる北方領土】
 長い歴史において国後・択捉の南千島は平和的に日本領土として確定していた。
 現実的な解決策としては、択捉島とウルップ島との間に国境線を引き、かつての沖縄類似の施政権をロシアに認める(ただし、日本人の往来・居住・営業等の自由は認められる)という案が考えられる。

【第三章 尖閣諸島】
 尖閣諸島が日中間の問題となったのは、1968年に石油埋蔵の可能性が科学調査によって指摘された後の70年代からである。しかし、日本側は「継続的かつ平和的」に主権を発現してきており、中国の主張には無理がある。
 最終的解決に至るまでの間、日本は占有をそのまま維持すればよい。

【第四章 竹島】
 竹島が日韓問題となったのは、韓国が1952年に竹島を含む水域に一方的な主権宣言(いわゆる李ライン宣言)を行ってからである。日韓双方の主張を検討すると、国際法的に見て、いずれの論点においても韓国側の主張には無理がある。
 竹島問題は、日韓双方の感情問題があり、難しい。とりあえず、当事者の一方が独断的に決定するという態度は改めるべきである。
[→詳細は読書録537]

【第五章 領海と排他的経済水域】
 海洋に関する日本の主権と国家管轄権に関する問題を包括的に論じる。

【第六章 日韓・日中間の排他的経済水域】
 日中・日韓の間に横たわる海洋の利用に関する外交課題、すなわち日中・日韓間の排他的経済水域の境界画定が極めて困難である現状と暫定的解決に至った対立点と合意を明らかにする。

【第七章 東アジアの安定と共生のための提案】
 日本の領土問題を、現実的基盤の上に立って、しかも、未来志向的に解決するため、これまでの章の検討結果を踏まえ、次の二つの提案をする。(1)尖閣諸島自然保護区・竹島自然保護区の設立。(2)日本海・黄海・東シナ海における資源・環境保護の国際制度としての日・中・韓・台による共同漁業水域の設定。これらの提案が目指すのは、東アジア、ひいては世界において信頼される日本の安定的な存在である。

【第八章 領空と防空識別圏】
 領空に関する問題を取り上げる。なお領土に関わるものとして防空識別圏についても触れる。


▼感想

読み応えのある本でした。実証的分析がなされているので難解な部分もありますが、
専門用語などには註を施して一般読者にも読みやすいよう工夫されています。とかく
感情的になりやすい領土問題の分析も冷静です(五百旗頭真の書評も参照。『毎日新
聞』2002年9月8日、http://tinyurl.com/3a8r4)。

さて、領土問題に関して、芹田健太郎は国際法から見た結論と解決にあたっての提案
を示しています。

まず結論ですが、北方領土も竹島も尖閣諸島も日本の領土であるという主張により根
拠があると芹田健太郎は述べます。平たく言えば、国際法的に見て、どれも日本の領
土だということです。ちゃんとロシア(ソ連)、韓国、中国の主張も検討した上での
結論で、僕もこれには納得しました。韓国は先日、竹島(韓国名・独島)をあしらっ
た郵便切手を発行しましたが、1954年に日本が国際司法裁判所による解決を提案した
にも関わらずそれを拒絶した経緯(162―3頁)を考えると、その主張にはやはり無理
があると言わざるをえません。

次に提案です。まず、北方領土については、択捉島とウルップ島との間に国境線を引
き、かつての沖縄類似の施政権をロシアに認めるという案が支持されます。四島が日
本の領土であると確定され、なおかつ日本人の往来・居住・営業等の自由が認められ
るのであれば、段階的解決案としては妥当な選択肢の一つだという気がします。施政
権の返還交渉は将来世代に委ねるのも悪くないでしょう(105頁)。

尖閣諸島については、日本としては占有をこのまま続ければいいということで、僕も
同感です。その際、中国人民間運動家による海上デモや強行入域に対する警戒や退去
要請などはきっちりと行うべきです(145頁)。

最後に竹島ですが、日本としては積極的に有効な抗議を繰り返すべきだという意見に
は賛成です。ただ、次のような意見は疑問なしとしません。すなわち、解決に際し
て、日本の植民地支配の事実からくる感情問題や、「自民族中心の歴史教科書」、
「戦犯の合祀される靖国神社への首相の参拝」など、韓国民の感情を逆なでし、ナ
ショナリズムに火をつけているという事情も勘案すべきだ(165頁)という主張で
す。

歴史教科書問題にしろ、靖国問題にしろ、さまざまな観点があって一概に日本が一方
的に悪いと決めつけられる問題ではないと思います。また、せっかく法的な分析をし
ておきながら、そのような政治的事情を勘案してしまうと、今までの国際法的分析は
何だったのかという疑問も起こります。

同様の観点から、尖閣諸島と竹島の共同利用自然保護区の設置という芹田健太郎の提
案も、即座には賛同しかねます。この案なら中国と韓国は受け入れることができるだ
ろうという配慮は理解できますが、「尖閣諸島と竹島は国際法的に見て日本の領土で
ある」という先の分析結果がこの解決案にどのように反映されているのかよく分かり
ません。もっとはっきり言えば、言葉は悪いかもしれませんが、中国や韓国の「ごね
得」という気もします。この辺りは、国際法的分析と解決案に乖離があるように感じ
ました。

しかし、それでは僕にもっとよい解決案があるかというと、残念ながらそうではあり
ません。今のところは、冷静にこれらが日本の領土であるといことを訴えるというこ
としか思いつきません。芹田健太郎は、主権争いや境界画定交渉にかかるエネルギー
と時間を考えれば、それらを双方の友好のために用いる方が賢明である(244頁)と
述べていますが、果して本当にそうなのか。この点は検討の余地があるという気がし
ます。


▼終わりに

多少意見を異にする箇所はありましたが、本書は、日本の領土について包括的に、か
つ、コンパクトにまとめてあって非常に有用だと感じました。

芹田健太郎は、《日本では法学部学生さえ竹島の存在を知らない》(165頁)と嘆い
ていますが、日本の領土問題解決には国民の関心、理解が欠かせません。いきなり本
書では難しいという人も、『現代用語の基礎知識』『イミダス』『知恵蔵』、あるい
は、外務省のホームページ(北方領土:http://tinyurl.com/359gj、尖閣諸島:
http://tinyurl.com/ytbbw、竹島:http://tinyurl.com/2sgy5)などで全体像を掴んだ上
で、本書に目を通してみてはいかがでしょうか。

2004.02.07.


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  • 最終更新:2010-08-29 15:33:07

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