芹田健太郎『日本の領土』-3(読書録)

●関連日記1(2006.11.01)
芹田健太郎「竹島を「消す」ことが唯一の解決法だ」『中央公論』2006年11月号

トート号ではこれまで何度か竹島問題関係の本をとりあげてきました
http://tinyurl.com/3luzj)。その著者の一人である国際法学者の芹田健太郎が
『中央公論』11月号に「竹島を「消す」ことが唯一の解決法だ」という論考を載せて
います。

芹田の議論はこうです。国際法的には竹島は日本の領土だとする意見に分がある。し
かし、韓国民にとって竹島はすでに日本による支配の先駆けのシンボルとなっている。
日本の漁業者たちのためにも、次のような解決策を提案する。

《日本人が韓国人との和解の印に、日本が竹島を韓国に譲渡または放棄し、韓国の竹
島に対する主権を認め、同時に、西日本海での漁業資源の保全のため日韓がそれぞれ
資源管理を進めることができるように鬱陵島と隠岐諸島を基点として排他的経済水域
の境界画定を行う。そして、竹島は自然に戻し、自然保護区として十二カイリの漁業
禁止水域を設け、すべての国の科学者に開放する。日韓でこうした内容の条約を結ぶ
のはどうであろうか。》

僕は、本稿で述べられている芹田の現状認識(日本は国際法的に分がある、韓国では
竹島問題は異常な反日ナショナリズムとも結びついている、など)には賛成です。し
かし最後の解決策には疑問が残ります。

そもそも韓国の植民地化と竹島は別の問題のはずで、芹田もそれを認めているのに、
なぜ韓国側の主張につきあってリンクさせなければならないのでしょうか。また、竹
島の譲渡(韓国側が「譲渡」という言葉に納得するとは思えないが)が、日本が現在
あるいは将来抱えるかもしれない領土問題に悪影響を及ぼすことも懸念されます(ゴ
ネれば日本は法律論を脇に置いて折れてくると思われないか?)。

確かに漁業関係者のことを考えれば早急な問題解決が望ましいのは事実です。しかし
だからといって日本が竹島の領有権を放棄すればよいというのはちょっと短絡的では
ないでしょうか。僕は、日本は国際法にのっとって竹島の領有権を主張し続け、長期
戦になるとは思いますが、韓国が竹島に関して冷静に議論できる状態になるのを待つ
のというのが最善の策ではないかと思います。



読書録698(2007.02.07)
芹田健太郎『日本の領土』(中公叢書、2002年)

 今日、2月7日は北方領土の日。これは、択捉、国後、色丹、歯舞の北方四島が日本に帰属することを定めた日魯通好条約(1855年)が結ばれた日です。1981年に閣議了解で制定されました。そういうわけで北方領土について考えたいと思います。

 本書はすでに2回とりあげていて、今回が3回目なのですが、日本の領土を国際法的に論じた数少ない本の一つです(詳細は読書録365参照)。ただし、北方領土に関しては、芹田健太郎の議論は竹島のそれと比べると明確ではありません。説明がわかりやすいとは言えず(これは問題の複雑さも原因ではあるが)、文意が飲み込めない箇所もあります。国際法的な判断を避けているようにも見えます(避けるのであればなぜ避けるのかを記して欲しかった)。

 戦後の動きを概観し、どちらの国にも決定打がない中で芹田健太郎が下す結論はこうです。日露の間で自主的に決定された1855年の日魯通好条約の境界線に優るものはない(101頁)。すなわち、北方四島は日本の領土とすることが妥当であるということです。

 ただし、ここで次のような疑問が生じるでしょう。両国による自主的な決定ということであれば、1875年の千島樺太交換条約(千島列島は日本領、樺太はロシア領とした条約)、1905年のポーツマス条約による南樺太の割譲も同じではないか、と。事実、日本共産党は今でも1875年条約を基準とし、千島列島はすべて日本領だと主張していますし、一部の右翼は南樺太も日本領だと言っています。

 これに対しては芹田健太郎は次のように言います。

《確かに日魯通好条約の後に平和的な1875年の千島樺太交換条約があるが、この条約に対する当時の日本国民の不満がやがて日露戦争と1905年のポーツマス条約による南樺太の割譲というロシア国民にとっては煮え湯を飲まされた結果を生み、そして、臥薪嘗胆の第二次世界大戦による南樺太の取り戻しとなった、と言える・・・(中略)・・・。こうした不幸な歴史は取り除く必要がある。》(101頁)

 つまり、戦争という不幸な歴史と関係する千島樺太交換条約とポーツマス条約は取り除くべきだということです(このように過去の日本の戦争による負い目を勘案する芹田健太郎の姿勢(105頁も参照)は竹島問題にも見られる。読書録537参照)。僕は北方四島は日本の領土という結論には賛成ですが、上のような理由づけは疑問です。少なくとも日露戦争までは日本は国際法に違反しているわけではないので、その後の(日本の侵略的)戦争を理由にこれを無効にするという根拠は薄弱です。少なくとも1875年の千島樺太交換条約はまったく自主的・平和的に結ばれた条約です(ただし、両国に批判的意見があったのは事実)。

 日本が千島や南樺太を要求できない根拠としてはサンフランシスコ条約を持ち出すべきでしょう。この条約の第二条(C)は次のように記します。

第二条(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 日本がこのサンフランシスコ条約を破棄するのは無理なので、千島樺太交換条約とポーツマス条約は援用できないのです。日本が請求できるのは北方四島だけだという理由はこう立論すべきでしょう。

 さて、それでは具体的にどう北方領土問題を動かしていくのか。まず芹田健太郎は、日ロ関係は冷戦時代の日ソ関係とは異なるということを重視します。その上で、択捉島とウルップ島の間に国境線が引かれるのであり、かつ、日本人の往来・居住・営業(漁業を含む)等の自由が認められるのであれば、かつての沖縄類似の施政権をロシアに認め、将来の世代に施政権返還交渉を委ねてもよいのではないかと述べています(105頁)。

 僕も、少なくとも北方四島の潜在主権が日本に認められるのであれば日本としては柔軟に対応してよいのではないかと考えているのでこの芹田の意見には賛成です。施政権を含めた四島一括返還が望ましくはあるのですが、外交交渉の難しさを考えた場合、施政権には時差を設けるといった柔軟性は必要なのではないでしょうか。

 なお、北方領土の議論の簡潔で分かりやすい解説としては、明石康ら『日本の領土問題』(自由国民社、2002年)所収の吹浦忠正「総点検 日本の領土」とコンスタンチン・サルキソフ「ロシア側から見た北方領土問題」もおすすめです。もっと詳しく知りたい人には外務省主流派に批判的な和田春樹『北方領土問題―歴史と未来』(朝日選書、1999年)や鈴木宗男・佐藤優『北方領土「特命交渉」』(講談社、2006年)、岩下明裕『北方領土問題―4でも0でも、2でもなく』(中公新書、2005年)、外務省主流派に近い木村汎『新版 日露国境交渉史―北方領土返還への道』(角川選書、2005年)、上坂冬子『「北方領土」上陸記』(文春文庫、2005年)などもあります。

2007.02.07.

[追記]
 北方領土問題を国際法の観点から検討し、国際司法裁判所(ICJ)への付託の可能性を探る論文として、塚本孝「冷戦終焉後の北方領土問題」『国際法外交雑誌』105巻1号(2006年)があります。


●関連読書録

【北方領土問題】 http://tinyurl.com/33hfmc

・上坂冬子『「北方領土」上陸記』
・岩下明裕『北方領土問題-4でも0でも、2でもなく』
・鈴木宗男、佐藤優『北方領土「特命交渉」』
・木村汎『新版 日露国境交渉史 北方領土返還への道』 
・和田春樹『北方領土問題 歴史と未来』
・明石康ほか『日本の領土問題』
・芹田健太郎『日本の領土』



  • 最終更新:2010-08-29 15:34:25

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