韓国よ 日本とどうしたいというのだ

韓国よ 日本とどうしたいというのだ

竹島問題――腹を括れ日本人
 
2005年4月2日 



プロログ

 3月16日、島根県議会が、竹島100年を記念して『竹島の日』を制定したことが韓国内の反日感情を爆発的に昂揚させ、同日朝、これに反対するために島根県議会を訪れていたソウル市議・崔在翼が議会棟の玄関付近でカッターナイフを取り出し、自分の指を切って声明文を書こうとした事件まで起きたりした。
 そしてその翌日、潘基文外交通商大臣が、
「日本の挑発行為に対して主権をしっかり守るために、目に見える措置を執る」
 と、強硬な姿勢で望むことを強調するなどして、日韓関係を急速に悪化させ、更に、それにダメを押すように23日、盧武鉉大統領は自国民に向けた談話で、これまでにない強い姿勢で痛烈な日本批判を展開してナショナリズムを扇動し、事態を悪化させて日韓のミゾを決定的なものにしようとした。
 竹島は、歴史的にみて間違いなく日本の領土である。しかし現在、ここは実質的には韓国が実効支配している。これに対して日本政府は、ただ『冷静な対応』を口ごもるばかりで、毅然とした態度でこれに当たることをしてこなかった。島根県に対しても、長年にわたる県や漁業従事者の要請を無視し続けた。そのツケが今、噴出した。
 条例制定に関する島根県の動きが表面化して以来、外務省は県に対して様々な押さえ込みを図った。「迷惑だ」と、あからさまにいう国会議員もいた。が、国政の地方議会への介入には限界がある。結局条例は圧倒的多数で可決し、25日、施行された。
 一方、韓国のこの激しい反動を一過性のものと決め付け、しばらくは韓国と同じ土俵でケンカすることはせず、時間を稼いで事態を沈静化させるのが得策、とするのがわが国大方の共通認識であった。しかしながら日本政府の、いや日本人の、このような『事勿れ』体質が相手を付け上がらせ、国益を損なった例は、こればかりではない。そのことを、当事者たちは忘れてしまったのだろうか。
 問題は、韓国や中国が言い続ける以上に、日本人の心の底に澱となっている『戦後問題』である。日本人は『アジア侵略』『植民地支配』『虐殺』『戦争責任』『A級戦犯』『靖国神社』などの言葉に弱い。相手国からそういわれると、「あ、本当に悪いことをした」と条件反射的に反省してしまうのだ。その原因を作ったと信じられて禁句となっていた『国家』や『愛国心』などは、もはや死語に近い。これをそのようにしたのは一に学校教育の現場であり、二に一部マスコミが、そして三に売国的な『支援団体』らがこれを助長した。
 そもそも世界の歴史は、侵略と略奪と虐殺によって大国を作ってきたのだ。イギリス、フランス、スペインなどは、地球上に今なお多くの『統治領』を持ち、実質的に植民地として支配し、利益を欲しいままにしている。中国などは『アヘン戦争』の悲劇を忘れてしまったのだろうか。インカ帝国を攻め滅ぼし財宝を奪ったことに今のスペイン人が罪悪感をもっているとは思えない。これらの歴史的事実を今、誰も懺悔しないし非難しようとする者もいないのだ。そんな彼らの『大罪』に比べれば、日本が隣国に作った歴史など小さなことなのに、戦後60年も経った今なお受け続ける『仕打ち』はひど過ぎるじゃないか――などとは口が裂けてもいえまいが、国交正常化から40年も経ち、お互いに世界で一定の地位を獲得した今もなお、謝罪だ補償だなどと言い続けられると、もう、うんざりしてしまうのが偽らざる本音だ。

 何でこんなことになってしまったのだろう。考えてみればこれは、外国人の問題ではなさそうだ。

「日本人は世界中から嫌われ続けてきた人種である。そのことに日本人は早く気付き、自覚して行動しなければいけない」
 これは今から30年以上も前の火力原子力発電大会で講演した、火力界の重鎮の忘れられない言葉である。それにしても太平洋戦争終結から60年、いったい何年経てば日本人の心に免罪符が貼られるのか、ここでは日本人自身の問題として竹島を取り上げてみたいと思う。
 このページでは、竹島そのものの解説をすることにあまり時間を割きたくないのだが、日本人の竹島に関する関心や認識が極めて薄い現状では、一応のスジだけは話しておかないといけないようだ。なお、ここで使用した図や年表などのデータは、基本的に島根県のホームページ(www.pref.shimane.jp)から借用した。
 

竹島問題の発端と日本の対応

 3月15日、来日した日韓両国の議員交流の韓国側窓口である韓日議員連盟の代表団は外務省で町村信孝外相と会談し、
「『竹島の日』条例案が通過すれば事実上の侵略行為であり、韓国の主権に対する明白な挑戦である。韓国国民の対日感情が急速に悪化していることを懸念している。誠意ある対応を期待したい」
 とする非難声明を発表した。
 この竹島問題や中学歴史教科書問題など一連の問題で悪化した韓国の反日感情を抱えて一時帰国した高野紀元駐韓大使と会った小泉首相は、
「韓国の反日批判は非常に高まっている」
 という大使に対し、
「日韓友好の基調を忘れずに、冷静に慎重に対応してほしい」
 と述べただけにとどまったようだ。何てことない対応だ。高野大使は、大使館前に押し寄せ、日の丸を焼き、自身の指を傷つけ、暴徒と化した韓国から、こんな話を聞くために『脱出』してきたのではあるまい。そもそも、日本側が『冷静に慎重に対応』するためには先ず、韓国側の頭を冷やしてもらい、冷静な対話が実現できるようすることが前提で、その重要な役目を遂行するのが一国元首の任務ではないのか。
 細田官房長官も、韓国側が取るという『必要なすべての措置』に対する抗議や対抗策について、
「現時点では考えていない」
 という。つまり、韓国の動きを黙認し、ひいては是認することになってもいい、と日本政府は考えているのだ。
 しかし、これは領土問題である。これまで世界で起きた領土紛争は、ことごとく戦争になっている。つまり、領土問題に『冷静に対処』できないときは戦争になる、ということだ。これは『平和的・友好的話し合い』の好きな日本人には極めて不得手なカテゴリーである。悪いことに、韓国は竹島・東島に軍隊(厳密には警察らしいが武装している)を駐留させ、実効支配している。これまでに日本がしたことといえば『領土標識』を立てるくらいのもので、施設は何もない。だから、戦争となると、仕掛けるのは日本側からしかない。これを日本憲法(の解釈)が許さない限り、竹島は実質的にも国際法上も韓国のものである。例え戦争になっても、1982年にイギリスとアルゼンチンが南大西洋上の島を巡って争った『フォークランド紛争』の例を挙げるまでもなく、強い軍隊を持つ国が勝って領土とする(『地の章』2004年2月1日『海という宝庫――欲がないのか日本人』参照 )。国際司法裁判所がいう『実効支配』とは、そういうことである。
 ここで澄田信義・島根県知事が、国際司法裁判所への提訴も視野に入れ、
「主張すべきことは主張することが大切」
 と、言い切っているのは立派である。島根県議会は、竹島問題について50年以上も前から政府に対し、北方領土と同様、政府内に竹島問題専門の担当部署を設置したり『竹島の日』を制定するなどを要請し続けてきた。しかし、政府に全く動く気配はなかった。今回の島根県議会の行動は、このような背景から県が業を煮やした結果である。
 こうして島根県議会は、ついに条例案を可決し施行してしまったが、さて、政府は何とするつもりだろう。竹島そのものは岸壁のそそり立った利用価値の低い無人島である(ページトップ写真)。北方四島と違い、この島に生死・生活の思い出や資産がある人がいるわけではない。だからといって、竹島に関する日本人の関心や執着がないのは仕方のないことなのだろうか。ならば、ここが韓国領土になることによって日本が失う排他的経済水域(EEZ:exclusive economic zone)と資源量がどれほどのものになるか、政府は急いで計算して国民に示すとよい。それを見て日本国民が怒らなければ、日本は気前よく竹島を韓国に進呈することにしようではないか。どうせ今でも、ここで捕れたズワイガニを韓国から輸入して平気で食べている国民なのだから。
  
竹島とは何か
 日本人には竹島を知らない人が沢山いる。テレビの街頭取材でも、竹島は北海道の北にある、など、その位置も、いわんやそこで起きている騒動も、何も知らない日本人は80%を超えるというデータもある。
 これに対して韓国では、世代を超えて100%の国民が知っていて、それを織り込んだ歌『独島はわが土地』は大ヒットしているとか。『独島』とは、韓国が勝手につけた竹島のことである。もちろん学校では教科書に取り上げられ、小学校のときから韓国領土であることを叩き込まれる。ソウルの西大門刑務所歴史館にある日本人憲兵の拷問蝋人形と同じく、独島の展示館も作られて日本人観光客も見に行っているらしい。この遣り方は竹島問題に限らず、韓国のいう対日本のいわゆる『歴史問題』全般にわたっていて、社会主義国と同じだ。韓流ブームを引き起こした、あの『冬ソナのヨン様』ですら、自分のホームページには「竹島は韓国の領土である」と書いているという。こんな人間をキャーキャー追いかけ回す日本のおばさまたちは、国賊と指弾されても仕方あるまい。
 これに対して日本の教科書では、竹島問題を取り上げているものは一種類だけ、しかもこの教科書を採用している学校は全国で僅か14校だけだという。その14校ですら、先生次第でどのように扱われているか分からない。学校教育から『国土』や『国家』の大切さが失われている現状では、この問題がどれほど深刻であり、日本の主権と尊厳と国益に係る大問題であるという認識がないからだ。
 その竹島は、島根県松江市から約220km、隠岐諸島の北西沖合約157kmにあって、0.17km2の西島(男島)と0.05km2の東島(女島)、およびその周辺の36個の岩礁から成る火山島群である。その総面積は230,967m2、東京ドームの約5倍、日比谷公園とほぼ同じ面積の、隠岐郡隠岐の島町に属する島群で、日本列島・朝鮮半島双方の大陸棚とは繋がっていない孤島である。『竹島』という島はない。一番大きな西島(ページトップの写真:右)は標高も高く、面積の割には174mもあるから、ほとんど垂直に切り立った岩山で、飲料水にも乏しく、人の常住には適さない無人島である、いや、であった。
 1618年、江戸時代初期の元和4年、米子の大谷甚吉と村川市兵衛両家が江戸幕府から鬱陵島(現在は韓国領)を拝領して渡海免許を受け、アワビ、アシカ等の漁猟、木竹の伐採などを行ってはアワビを幕府に献上していた。当時、松島と呼ばれていた竹島は、この鬱陵島への寄港地や漁猟地として利用されていた事実がある。また、遅くとも1661年には、両家は幕府から竹島を拝領していて、このころには広く日本人に知られていたらしい。
 その後、朝鮮王朝の抗議で、江戸幕府はこれを認め、1696年(元禄9年)に鬱陵島を放棄して渡航を禁じたが、竹島については日本の領土と考え渡航を禁じていなかった。明治に入ると日本人による鬱陵島への渡航が再開され、1883年(明治16年)には日本と朝鮮両国の通商に関する規則が成立して多くの日本人漁民が鬱陵島に行くようになったが、その途中で竹島に寄港し、1890年代からは隠岐の島民たちが竹島でアワビ、アシカ等の漁猟に従事していた。
 この島の周辺一帯は、南から北上する対馬暖流と北から南下するリマン寒流がぶつかる場所で、ベニズワイガニの好漁場であるほか、魚介藻類の種類、数量ともに極めて豊富である。また、このような島嶼に海流がぶつかると湧昇流を生じて深い海層の栄養塩が上昇し、優れた漁場になる。
 この無人島を、他国が占領した形跡がないとして明治政府が閣議決定し、正式に竹島と命名して島根県隠岐島の所管とする旨を決定したのは1905年(明治38年)1月28日で、1910年8月22日の日朝併合条約調印より5年も前のことである。この決定に続き、翌2月22日、島根県告示により、日本政府は近代国家として竹島を領有する意志をもって島根県土に編入し、5月17日、島根県は竹島を隠岐国四郡の官有地台帳に登録して、今年100周年を迎えたのである。その後、竹島でのアシカ漁は許可制となり、太平洋戦争によって1941年に中止されるまで続けられていたが、わが国が竹島を実効支配してきたとする根拠はこれらの歴史的事実である。
  ちなみに、領土編入措置を外国政府に通告することは国際法上の義務ではない。
 国際法上、朝鮮の独立が認められたのは1952年4月28日に発効したサンフランシスコ講和条約によるが、この間、条約草案の作成段階で韓国が竹島の領有権を主張した際も、米国は、
「朝鮮の一部として扱われたことが一度もない」
 として拒否し、1951年9月の締結では、済州島・巨文島・鬱陵島だけを韓国への返還地域とした。わが国が国際法的に竹島の領有を認められたとする根拠は、ここにある。
 ところが1952年1月18日、李承晩(当時)大統領は講和条約発効を待たずに突然、漁業権確保を目指して海洋主権宣言を発し、朝鮮半島周辺海域に一方的に勝手な線を引いてしまった。有名な『李承晩ライン』で、竹島もこの李ラインの中に含まれると主張した。この線は1965年6月22日の日韓基本条約調印による国交正常化で消滅したが、竹島問題は解決せず棚上げされたままになった。
 その後、日韓両国は互いに領土権の主張をくり返したが、韓国は島に調査団を派遣したり、わが国の巡視船に発砲するなど緊張した状態が続いた。そして1978年4月30日、韓国は一方的に領海12カイリを断行し、以後、竹島周辺12カイリからわが国の漁船を締め出した。
 わが国は1953年6月、島根県と海上保安庁が合同で領土標識を建てた。しかしその翌年1954年7月から、この東島に韓国警備隊員(警察)が常駐し不法占拠を始めた。日本政府はこれに抗議し、同年9月25日、国際司法裁判所への付託を提案したが韓国はこれを拒否し、その後も1997年11月には船舶接岸施設を、翌1998年12月には有人燈台を造るなど、監視所、兵舎、アンテナなども次々と設置し強化した。海上保安庁と島根県は、ここにいた韓国人に退去を命じ、四度にわたって日本領土の標柱を立てたが韓国はその都度武力行使で排除し、わが国の主権が行使できない状態が続いている。
 1999年になって、国連海洋法の発効に伴う排他的経済水域(EEZ)の線引きが必要となり、新日韓漁業協定では両国は領有権に触れず、竹島周辺にはEEZを引かずに双方が自由に操業できる共同管理の暫定水域を設けることで決着した。しかしその後も、日本側が敷設した漁具を韓国漁船が撤去したり日本漁船を拿捕するなど日本側の安全操業が確保できず、日本はこの漁場から閉め出されたまま、韓国政府は暫定水域での操業秩序を保障ための政府間協議に応じてこなかった。
 国際司法裁判所への付託は当事国の共通合意が前提で、韓国側が拒否している現状では裁判に持ち込むことはできず、実効性が乏しい。
 島根県の今回の条例成立・施行は、日本側漁業関係者のこのような不満と苛立ちの蓄積が背景にある。
 テレビのニュースバラエティなどでの『有識者』の中には、両国で共有して仲良く使ったらどうか、などという、脳天気で不勉強の代表のような発言を平気でするのもいる。しかし、上記のように、そもそも歴史的事実とは、1999年1月22日以来、この場所はすでに、『両国が共同管理して仲良く使う水域』という約束になっているのだ。そうでなくとも、海底資源など万一『宝物』が発見されたとき、韓国が「仲良く半分こ」などという国民かどうか、よく考えてから発言してほしい。高い出演料を取っているのだろうから。
 今年に入って、竹島と鬱陵島および近隣海上300kmを国立公園化するという計画は白紙となったものの、韓国はすでに2000年、この竹島を最小行政区域の『里』である『独島里』として新設して慶尚北道に組み込み、これに伴う措置として2003年2月17日、『799-805』という新しい郵便番号を付け郵便局もできて郵便ポストが設置されているという。島の公示地価は2億6千万ウォン(約2千6百万円)あまりに策定されて売りに出され、東島にはサイバー上約1,500人の住民がいるらしい。『里長』の選挙も行われたようだ。
 また、竹島には韓国の大邱銀行・独島支店が開店している。この銀行も、実際はインターネット上の仮想支店であるが、預金や貸出しを初めあらゆる銀行業務に対応していて韓国では人気を集めているとか。客が希望すれば独島支店名の預金通帳も発行するという。

殊更にこじれたがる韓国
 日本政府は、1905年に近代国家として竹島を領有し島根県土に編入した事実を適法とみている。しかし韓国側からすると、この年は11月、第二次日朝条約で日本の保護国とされ外交権を剥奪された『朝鮮侵略・植民地化』開始の年でもあるという。つまり韓国にとって、竹島を日本の領土だとする主張は、100年前、朝鮮の主権を奪われた過去の悪夢を連想させる、というのだ。潘基文・外交通商大臣が竹島問題を『日韓関係より上位の概念』というのは、このような『歴史意識』が根底に働いているからだ。
 島根県議会が本会議で『竹島の日』制定の条例案を可決させた3月16日、韓国では全国で同時多発的に反日デモが行われた。そして翌17日、韓国政府はこの制定を、『過去の侵略・略奪を正当化する行為』と非難し、植民地時代の問題について日本が徹底的に真相を究明し、反省して心から謝罪することが必要だとして新たな対日政策の原則を発表した。
 それによれば韓国は、40年前の1965年6月22日の日韓基本条約調印によって対日賠償請求権を放棄したが、当時は従軍慰安婦問題などが想定されていなかったとして、
「人類の普遍的規範を守る次元で解決するよう促す」
 と、日本側の自発的な補償を求めた。しかし、実際は調印のとき、同条約・附属協定の『範囲外の事案』の被害者について、
「人権尊重と人類の普遍的規範の遵守という次元で問題を解決する」
ように求めたのは日本政府である。ここで日本の植民地支配下における被害者には元慰安婦も含まれ、補償問題については『完全かつ最終的に』解決されたと明記されている。この附属協定を踏まえ、日本側はあくまで解決済みとの立場を取ってきた。
 韓国という国、いや国民は、これまでは何もいわなかったのに、竹島のような新しい問題が起きるとなぜ、国交を危うくしかねないリスクを背負ってまで、これまで決着していた『国際的』約束事をこんな別の問題まで引き連れて蒸し返すのか、理解に苦しむ。そして、一方では、政治・経済・文化など各分野での交流は継続して友好関係は変わらない、と、勝手なことをいう。韓国民間団体などの抗議行動は過激で、14日には日本大使館前で68歳の母親と41歳の息子がそれぞれの指を一本ずつ切り落とすなど、信じられない行動を取る。そこまで極端でないまでも、激高して日の丸を踏みつけ、スプレーでバッテンをつけた挙げ句に火をつけて燃やした国民と、どうすれば仲良くできるというのだろう。それも、多分に韓国政府が主導し、煽り立てたことが原因である。
 これに対する小泉首相は同じ17日の記者会見で、
「歴史的な経緯もあるから、感情的な対立を乗り越え、未来に向かってどのような友好、発展を考えるかという前向きの対応をすべきだ」
 と話す程度だ。この人は、どんな大事が起きても、直接、テレビに出て相手国や日本国民にコメントしたり相手国首脳に電話したりした記憶がない。
 元来日本は、いや日本人は、貧弱な肉体のためか他人と争うことを嫌い、特に最近は、あまりモノを考えないで相手に同調することで仲間外れになることを回避し、それが理性的・知性的・進歩的・平和的最善の手段であると勘違いしている脳天気民族だから、韓国や中国のような押しの強い言葉に弱い。そういわれると、
「あれっ、そうなんか」
 と、理屈なしに信じてしまう。小学校から、日教組という偏ったイデオロギーの手許で育てられた子供たちは、日本の起こした太平洋戦争は日本側に一方的に非がある、と、自身が日本人である先生から教わって今、大人になったのだ。
 だから、小泉首相に続いて町村信孝外務大臣が発表した、
「韓国国民の過去の歴史を巡る心情について重く受け止める」
 などという、とんでもない談話を聞くことになっても、
「ヤッパ、とりあえずは日本が悪いか」
 と納得してしまうことになる。
 このようなとき、北朝鮮までが尻馬に乗って『朝鮮半島に対する挑戦だ』などといい出し、言いがかりにも等しい『慰安婦強制連行』問題までセットにして日本をユスろうとする。この北朝鮮も韓国も中国も、そしてもちろん牛肉輸入問題を出すまでもなく『唯一無二の友好国』アメリカも、日本から利益を得るためには『太平洋戦争』を引き合いに出し、報復をちらつかせ、声を荒げて恫喝すれば通る、と考えている。相手の弱みに付け込んで金をせびり取り続けるこのような遣り口は、日本のテレビの三文サスペンスドラマで殺人事件が起きるマンネリの手口であるが、それが国際社会で通用することを許したのは日本の大きな過誤である。
 このような韓国による竹島の不法占領、実効支配の既成事実化に対して、わが国は外交ルートで定期的に抗議しているが、当然のことながら何の効果もない。
 小泉首相がいう『冷静沈着な対応』とは、ただ問題を先送りし何もしない、ということだ。国際社会に訴えるでもなく、事態を収拾しようなどという姿勢や発言は全く伺えない。相手側は『国交断絶』まで口にする政府筋の人間すらいるのに、だ。
 さすがに翌18日になって、閣僚や与党幹部から日韓関係への影響を懸念する声が出始めたが、自民党の武部幹事長が、
「竹島がわが国固有の領土であることに変わりはない」
 とか、甘利明(元)労働大臣の。
「実力で占有すれば勝ち、という考え方は非常に危険だ」
 と批判するのがせいぜいだ。
 韓国は島根県の『竹島の日』に対抗して18日、慶尚南道・馬山市議会が6月19日を『対馬の日』と定める条例案を出席議員29人全員の賛成で可決成立させた。
 長崎県・対馬――韓国の港町・釜山まで約50km、天気がよければその町のかたちも望めるという近さだ。それだけに韓国との交流の歴史も長く、釜山から高速船でやってくる観光客も毎年2万人を超えるという。長崎自体が、鎖国時代を含めて外国との長い交流の歴史があるから、県への外国人旅行客は44万人、その半分は韓国からだそうだ。その韓国が対馬をなぜ――。とんだ筋違いのトバッチリだ。
 それはともかく、確かに、
「日本は隣国の信頼を得ることが、国連など国際社会で指導的な国家として尊敬を受ける第一歩になると認識しなければならない」
 などと、今更韓国から指摘されるまでもなく、日本外交はアジアを無視してきた。そして今、ASEANなどアジア・太平洋会議や外交面で、そのツケが確かなかたちで現実のものになっている。
 
韓国の言い分
 3月23日、盧武鉉大統領は大統領府である青瓦台のホームページに国民に向けた談話を掲載し、『竹島の日』制定や歴史教科書検定問題について、侵略の歴史を正当化する行為であり、これまでの反省と謝罪を白紙化する行為だと非難し、自衛隊の海外派遣に対して日本が再び覇権主義を貫徹しようとする意図があると憂慮したうえで、これ以上看過するわけにはいかなくなったと述べ、今後、日本に対して強い態度で対応していく方針を示した。このようなときに必ずセットになって出てくる話が小泉首相の靖国神社参拝で、日本の指導者たちがしてきた反省と謝罪の真実性を壊すことだと断定した。そして日本政府に断固たる是正を求め、日本国民を説得して歴史を正しく理解させる、という。
 ここでもまた、日本国民までを韓国が洗脳しようというのだ。このツケアガリぶりは、民主党の西村真悟衆議院議員がいうように、
「これまで築いてきた日韓関係をドブに捨てるような談話だ。このままでは、北朝鮮が漁夫の利を得る」
 ことになる。
 しかしながら、こちらの一方的な思い込みで韓国を批判するのは適当でない。発表の翌24日、細田官房長官も、
「先方の主張には耳を傾けていかなければならない」
 といっている。そこで、韓国は日本のどこを誤解あるいは曲解し、日本の何に怯え、本当は日本とどうしたいのか、その言い分も聞いてみよう。この談話は、これまで韓国国民は日韓関係の未来のために耐えてきたのだが、今後は正しい行動をとるように改めるとし、韓国国民が感じる怒りを少しでも和らげるために書かれたものだという。そんな韓国大統領の文の要旨はこんなものだ。 

――先ず、自衛隊について、日本は海外派遣の法的根拠を準備し、再軍備の論議を活発にしている。これは韓国のつらい過去を思い出させ、未来を不安なものにしている。
 また、謝罪は正しい反省が前提で、それにふさわしい実践が伴わなければならない。小泉首相の靖国神社参拝は、これまでの指導者がしてきた反省と謝罪の真実性を棄損する行為だ。
 竹島については、日本が朝鮮半島を完全に占領するために起こした日露戦争のさ中に編入したもので、『竹島の日』はその侵略戦争を正当化し韓国の独立回復を否定するものだ。その一方では、侵略と支配の歴史を正当化するために歪曲した教科書を生き返らせようとしている。
 これらはすべて、日本の執権勢力と中央政府の幇助を得て行っているのだから、一部の自治体や国粋主義者の行為とみなすことはできず、これまでの反省や謝罪をすべて白紙化する行為で、覇権主義を貫徹しようとする意図を見逃すことはできない――
 と。

 つまり、自衛隊を海外に派遣して平和と秩序と破壊された町を復興再建し人々の豊かな生活を取り戻すために力を貸そうとする行為は韓国を不安に陥れ、小泉首相の靖国参拝は歴代首相の折角の謝罪を無にした。教科書も竹島も、すべては侵略と支配の歴史を正当化し覇権主義を復活・貫徹しようとする、国際社会も許せない一連の行為だ。だから国際社会も日本に良心と国際社会の道理に合うように促す義務があるし、何よりも日本国民を説得することが重要だ、というのだ。
 知らない人が聞けば、一見もっともだ、と思うだろう。もっともか、そうでないか、それを判断するためには、正確な歴史教科書による正しい学校教育が必要なのだ。韓国の歴史は全国、小学校から高校に至るまで『民族主義』で貫かれた国定教科書で教育される。中学歴史教科書では、『日本は、6世紀の新羅・智證王時代に領土とした独島を、日露戦争中に強制的に自国領土に編入させてしまった』とし、これを唯一の根拠に韓国国民は日本が竹島を略奪したと信じ込んでいる。しかし、当時、日本人や朝鮮人が竹島に居住した事実はなく、ましてや武力などを行使して強制的に他国人を排除したこともない。
 ところが日本では、歴史教科書のほとんどがこの問題を扱っていないし日露戦争も知らないから、多くの日本人が竹島問題に無関心であり、韓国人の感情はもっともだ、と思ってしまうだろう。民族独立というような、鮮明で強烈な民族意識が国民共通の基盤にない日本では、戦後、国家の尊厳も日本人であるという自尊心も、教育の現場で教わることはなかった。すべては敗戦国にふさわしい、いじけて自虐的な思想だけを刷り込まれたのだ。だから、東京都立高校における軋轢に代表されるように、起立して国旗を仰ぎ見ることを拒絶する先生や生徒が続出するのだ。成人の日に舞台に押し寄せて自国の旗を引きちぎってしまう、こんな独立国が、世界のどこにあると、いや、あっていいと考えているのだろう。
 先の盧大統領談話は、最近は対日外交の主導者が大統領府である青瓦台に移ったため、外交通商省へは事前に相談もなく発表されたものらしい。それはともかく、一国の元首が自ら先頭に立って、歴史を含めた現代日本社会を意識的に歪曲して対日批判を行い、日本が再侵略の意図の下に国家的陰謀を企てていると一方的に決め付け、更に日本の主権に関わる干渉を行うなどは、誤解などと呼べるものではなく、とうてい自国民の怒りを鎮め日本との摩擦を避けるよう呼びかけたものとは思えない。折角よくなりかけた両国関係を白紙に戻す対日政策転換の宣言は外交的に極めて異例かつ異常である。政府関係者の中には、
「世論に左右されやすい大統領の弱さが出た。感情的な表現が多く、北朝鮮と同じだ」
 と不快感を示す向きもあるとか。
 しかしこの談話発表によって、廬政権の支持率が10ポイントも上がって40%台に跳ね上がったというから、その効果たるや適時適切であったのだろう。このところ右肩下がりで一層声の小さくなったコイズミくんも、このテを見習うといい。キミの大好きなアメリカの友人だって、人気が落ち始めれば日本をバッシングすれば回復することを『歴史的事実』として知っているのだから。
 この盧武鉉大統領談話の下準備をした青瓦台は、かつて反独政権や民主化を唱えた学生運動や市民運動の出身者を起用していて左傾色が強く、対日外交路線を主導して大統領の政策に大きな影響力を持ち、知日派がほとんどおらず、日本国内の事情を大統領に説明するシステムもないという。
 わたしはこれまでに何度も、戦争と平和に関するコメントの中で、集団的な教育効果に基づいて根付いた盲信こそが戦争の根源である、と書いてきた。その最も効果的なのは幼児教育、中でも学校教育の場である。一つのイデオロギーに固まった狂信集団を作らないようにすることこそ戦争の誘起を防ぐ唯一の手段であり、語り継ぐべきことだと主張した(例えば2001年9月16日付け『人の章』『NYテロと日本人』、2000年7月22日付け同『終戦の日を想う』。そして2005年3月10日付け日記『何を語り継ぐ東京大空襲』もご参照ください)。韓国の激しい反日活動家に戦争を知らない20台の若者が多いのも、逆に『国家』や『愛国心』という言葉にアレルギー反応を起こし『日の丸』を否定する若者が多い日本も、そのためである。
 わが国では終戦から今日までの何十年間、単に情緒的な反戦思想だけで平和教育とアピールが行われ、一方では侵略と加害という日本の『罪』ばかりを強調して自国民に懺悔のこころを植え付け続けてきた。わたしは日本国民の大多数が、『戦争は恐ろしい結果を招く』として、その恐怖と残酷さだけを語り継ごうとすることの無意味さをいっているのだ。平和教育には、正確な歴史的事実と、それに基づいた国際的立場の認識と価値の理解が必要である。戦争に至った経緯や背景を国内外情勢を含めて多方面から教え、それらから見えてくるであろう未来への教訓を探り学ばせることだ。教育の現場で、自分の価値観やイデオロギーだけを押しつけ、それが進歩的平和的だと教えることは、児童・生徒の多様な見識や判断力を阻害することになる。歴史というものは、テレビの三文ドラマや報道特集のように現在の価値観で論じてはならないはずのもので、その点については韓国側も同じである。
 政府とマスメディアの報道によって歪められ、理性を失い激高した国民を説得し『良心と国際社会の道理に合うよう行動する』ことが求められるのは韓国側であるが、ここでもやはり、日本政府の明確な反論と対応がないことが韓国社会の反日感情と強硬姿勢を助長している。『冷静な対応』が単なる静観であっては問題をこじらせるばかりだ。せめて小泉首相が廬大統領に直接電話するなど、一国の強い指導者らしいことをしてほしい。

謝罪はもう うんざりだ
 話は少し前に戻るが、廬武鉉大統領は3月1日、日本の植民地時代であった1919年のこの日に起きた『3・1独立運動』の86周年記念式典での演説で、
「日韓関係の発展には日本政府と日本国民の真摯な努力が必要で、われわれの一方的な努力で解決できることではない。強制徴用から慰安婦問題まで、日帝36年間の、数千数万の苦痛に対するわが国民の憤怒を理解し、過去の真実を糾明し、心から謝罪し、賠償するものがあれば賠償し、和解しなければならない」
 と、日本を非難した。
 大半を日本の『歴史問題』に費やした、この演説を聞いて「あれっ」と思ったのは、わたしだけだっただろうか。この人は昨年7月の日韓首脳会談後の記者会見で、自分の在任中に歴史問題を公式な争点として提起することはしないといったのではなかったのか。この約束は7年前、金大中(当時)大統領が、今後韓国政府は過去の問題を出さないことを表明したことの再確認ではなかったのか。それを任期1年も経たぬうちに翻せば、日本国民の間に反韓感情が高まり日韓関係を悪化させることを承知していたのではなかったのか。日本は、歴代の首相が何度も、
「痛切な反省と心からのお詫びを」
 と謝罪し、納得してくれたのではなかったのか。交戦国ではなかった日韓の間で、通常は交戦による損害補償を求める『賠償』を初めて要求したのはどういう意図か。『補償』問題であれば、40年前の国交正常化で交わした日韓条約によって5億ドルの経済協力をすることで、請求権問題は完全かつ最終的に決着済みではなかったのか。その際、韓国人への被害補償は韓国政府が責任を持つことになっていたはずだから、強制徴用問題も慰安婦問題も残ってはいないはずではないのか。
 日本と韓国の間にはまだ、和解が成立していなかったのだろうか。和解したと思って、『韓流』だ『ヨンさま』だと舞い上がっていたのは、お人好しの日本人の一方的な誤解だったというのか。そんなバカ民族を、キミたちは冷ややかに敵視していたというのか。先の竹島問題(2月24日付け日記『竹島の日』日本政府は何してる)といい、キミたちは日本にケンカを売りたいのか。どこまで謝れば気が済むというのか。われわれは、謝るのは、もう辟易したのだ。この日の演説に続く3月23日の廬大統領談話が一方的な誤解と偏見と過誤と憎悪に充ちていたことを謝罪するのは、そちらの側だろう。
 そもそも靖国神社参拝や歴史教科書など、日本国の主権に属する多くの問題に内政干渉し、気に入らなければ脅しを懸けるのはナラズモノ国家である。
 韓国は竹島問題について、
「これは領有権問題ではなく、韓国の歴史を否定し、過去の侵略を正当化する行為だ」
 と批判している。このような中で、両国間の交流については、原則、これまでに合意したり今後予定されている政治・外交的交流は持続させ、経済・社会・文化・人的交流はこれまでどおり増進させていくのだという。そんな器用な使い分けが、うまくできる国民はうらやましい限りだ。
 それに加えて韓国や中国との関係を複雑にしたのは、韓国声明がいう『過去の侵略と強権の歴史を美化する中学歴史教科書が是正されないまま検定を通過する憂慮』と同じ価値観をもつ日本の『自虐集団』の言動である。事情も分からず、そのような売国行為が『先進的良心的』と誤解して舞い上がり、すぐに『反省』して国益に反する行動に走るお人好し日本人の『日本売り』も困りものだが、それを韓国が『日本の良心勢力』と評価して声明に盛り込むのも腹立たしい限りだ。
 しかし、こんな『挑発』に対しても、小泉首相や政府関係者からの反論が聞こえない。これは『外交』以前の問題、国家の権益と存立に係る重要な問題である。もう少しシャンと立って、大きな声で怒ってくれよ、コイズミさん。
 
日本はどうするか
 冷静に、というばかりの小泉首相や外務省の発言は、彼らが行動すべき強い意志も戦略も持たないことを今回も暴露した。領土問題に国連の調停が無力であることはすでに多くの歴史が実証済みである。国際司法裁判所における調停には韓国が応じない。一番の問題は、例えこのような国際的調停が成立したとしても、民族主義で凝り固まってしまった韓国が竹島を手放すことはないだろうという現実である。日本人のいう『冷静な話し合い』などで韓国人がすごすごと竹島から撤退するなどと信じる日本人がいたら、それこそ世間知らずの脳天気だ。対立点があれば、先ずは話し合いで解決を図る、こんなことは当たり前の話だ。しかし竹島問題はその段階を遙かに超えいる。相手を見てモノをいうがいい。最終的には実力で排除する以外に、方法はないのだ。
 ところが、竹島から韓国人を排除しようにも、海域から韓国船を追い出そうにも、制空権を立てに韓国戦闘機を追い返そうにも、日本には『憲法』以前の問題としてハードウェアがない。もちろん『兵隊』もいない。だからといって韓国とも馴染みの深いアメリカに助けを求められる問題でもない。ここにきて日本は、軍隊を持たず平和を外国に依存している実態を嘆くことになるのだ。
 韓国や中国は、何かといえば日本が再軍備する意志があると心配して見せ、牽制する。しからばそのとおり、日本も核兵器の開発を始めると宣言してはどうか。北朝鮮が核開発を止めないのだから、中国はとっくに核実験を終え日本のODAで作った何百発ものミサイルをすでに日本に向けて配備しているのだから、それらのハザードに対応するためには絶好の言い分になるではないか。
 日本の電力会社が排出する核燃料廃棄物は今後ますます処理量を増し、これまた外国に依存している再処理や廃棄に悩まなければならないことになる。だからもう、フランスやイギリスに頼らず、自国で処理して、折しも成功をみたHⅡAロケットに核弾頭をつければ、お月様を半分にぶち割ることも可能な技術を、わが国は持っているのだ。スパイ衛星だって、オマエたちの頭の上を飛んでいるぞ(『天の章』2003年4月6日付け『飛べ飛べ日の丸スパイ衛星(1/2)』同5月2日『同(2/2)』)。ここからなら、オマエたちのどこにでも正確にミサイルをブチ込めるのだ――。
――と、こんなことをいえば、日本では気違い扱いされるだろう。こんなことは非現実的だと、日本人なら誰しも思うだろう。このような話は、何よりも、世界から非難される以前に、日本国内でタブーになっているからだ。周辺国が付け入るのは、このような日本人自身の、他国から、あるいは自ら増幅させた必要以上の罪悪感と、辺りをキョロキョロ見回して事を荒立てまいとする腰の引けた姿勢のためではないのだろうか。『軍備』を持つことと『軍事』を行うこととは等しくない。戦争をしない、ハードもハートも強い日本――こんな夢を見たいと思うのは、いけないことだろうか。
 竹島問題と『セット』にして批判されている中学の歴史教科書問題についても韓国・潘基文外交通商大臣は、
「4年前に発表された内容より後退してはならないと、外交ルートを通じて日本側に伝えた」
 と、恐れ気もなく堂々と発言している。この『言い回し』は、いつか、どこかの国が小泉首相の靖国参拝中止を『命じた』ときの情景を思い出させる。いつの間にか日本は、国内問題処理を他国から指導され命じられなければできない国に成り下がっていたのだ。今回も、自国の学校の教科書の内容に他国から立ち入られ命令されて黙っているような日本政府の自尊心は、一体どうなっているのだろう。他国から慢性的にバカにされ続け、主権も尊厳も自尊心も何もかも麻痺してしまったのだろうか。竹島領土権確立県議員連盟の細田重雄会長がいうとおり、
「日韓友好は大切だが、日本の立場や主張を鮮明にする必要がある」
のだ。
 今度の竹島の日制定で、少しは日本国民が竹島問題や日韓関係を認識し理解するようになって、政府の尻を叩くことを期待する。
 
エピログ
 ついつい興奮して、あらぬ過激なことを口走ってしまった。愛の深さと徳の大きさにおいて国内有数の知性人と自ら許すわたしとしたことが、この取り乱しようはとんだ醜態である。しかし、歴史を故意にねじ曲げ、国家としての品位が全く感じられない韓国首脳の一方的な自己主張や一発即発の韓国国民の暴挙を見せつけられると、韓国は日本と本質的に友好関係を築こうという気があるのか疑いたくなる。
 それにも増して、それに対応する日本首脳の、主権国家の要人とは思えない腰の引け方には歯ぎしりし身震いするほど悔しい。せめて、わたしと外務省を足して半分にした程度の意地と覚悟を、コイズミ君にはみせてほしいものだ。
 そうでなくとも日本は、世界はおろかアジアにおける主導力すら失いかけている。C級国家と侮られ、何かと足許を見透かされる日本外交は、この機会にひと皮剥けなければ、祖国日本の将来が危ぶまれてならない。
 
 
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TITLE:竹島問題


  • 最終更新:2009-03-08 14:18:38

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