(1)「大事になるまい」甘く見た日本

【奪われた竹島】(1)「大事になるまい」甘く見た日本
亀戸惣太2008/11/20

 日本海に浮かぶ竹島は韓国領だと韓国側が主張を始めたのはそれほど古くなく、1952年の一方的な「李承晩ライン」宣言に始まる。日本政府の反応は鈍く、最初の「ボタンの掛け違い」が今日の韓国による竹島の実効支配を招いたとさえ言える。本来は日本領土のはずの竹島に、どうして日本の手が届かなくなったのか、シリーズでさぐる。


 日本と韓国のあいだで領土問題となっている島根県竹島について、フランスの出版社「アティエ」が中学生向け歴史教科書の地図表記をこれまでの「竹島」から韓国名の「独島(ドクト)」表記に改訂する意向を示したことが日韓両国内で話題になっている。韓国3大紙の一つ、「中央日報」などが11月13日に報じた。

 韓国政府が竹島の領有権を主張する手紙や資料を同社へ送ったことに応えた形で、同社編集長は「独島は韓国領土」との認識を示しているという。この件では日本政府は今のところまったく反応を示していない。最近、韓国政府は各国の出版物などでの表記に着目し、「竹島」だけでなく、「日本海」→「東海(トンヘ)」などの書き換えをしきりに要求している。だが、このフランス出版社の例のように、日本政府がこれらにほとんど関心を示さない、という状況も共通している。

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1945年ごろに撮影された竹島の全景。東島(左)と西島の2つの島から成る(島根県提供)

 「それでは日本は蹂躙され手を上げっぱなしで、処置ないではないか。何のために(占領下から)完全独立したか、何のために本日まで苦しんだか。わが国の領土ではないか。それがはっきりしておるではないか」

 1953(昭和28)年7月28日、衆議院水産委員会は、韓国が前年に設定した「李承晩ライン」と竹島の関係をめぐって緊迫したやり取りが交わされた。小高熹郎委員(鳩山自由党)が、答弁に立った下田武三外務省条約局長(後に次官、駐米大使、最高裁判事)に向けて放った言葉は、政府のぐずついた対応に苛立ちを隠さないものだった。

 「李承晩ライン」とは、韓国の李承晩大統領が52年1月19日に一方的に宣言した韓国の主権が及ぶ水域、つまり領海ラインを指す(図参照)。ラインは隠岐諸島北西約157kmに位置する島根県隠岐郡竹島の東側を通っていた。竹島はこの日、韓国によって事実上の領有宣言をされたことになる。


赤線が李承晩ライン。東に竹島を含み、西は黄海の中央までが設定されている。韓国は「主権が及ぶ水域」と主張した

 「公海自由の原則および水産資源保護の国際協力の原則に反する。竹島の領土権も主張しているようだが、かかる主張は認められない」。日本政府は宣言から9日後の1月28日、まだ正式国交のなかった駐日韓国代表部に口上書をもって抗議した。

 「李承晩ライン」設定の翌1953年2月4日、大事件が起こる。問題の海域付近で操業中だった福岡市の漁船・第1大邦丸、第2大邦丸の2隻が韓国船舶から機銃射撃を受けた。第1大邦丸の瀬戸重次郎船長が殺害され、2隻とも韓国側に拿捕された。済州島付近の第283漁区と呼ばれる海域、公海上での事件だった。

 その後、竹島は韓国側に占拠された。韓国の警備隊が常駐し、砲台や灯台が築かれた。同海域では、海上保安庁の巡視船が竹島付近を航行中に銃撃を受けるなど、韓国側の不法行為は続いた。

 大邦丸事件を初めとして、日本政府の韓国への対応はお粗末だった。1948年に発足したばかりの海上保安庁の装備は十分ではなかった(海上自衛隊は54年の発足)。日本政府には、竹島で刺激して「韓国の軍艦が来たら対応できるのか」という不安があったという。韓国の軍艦を追い払えるだけの装備を持ったとしても、「実力行使」には非戦を掲げる新憲法9条が足かせとなることは予想できた。衆院水産委での小高熹郎委員の発言には、こうした背景があった。

 「李承晩ライン」が宣言された直後から、日本側には「大事にはならないだろう」という甘い観測があった。なぜなら、当時の韓国は、かつて日露戦争、朝鮮戦争などで置かれた立場から見ても国際社会にとって小さな国家にすぎなかった。韓国側内部に国防上の要請があったとしても、「ライン」は国際法上の根拠をまったく欠き、あまりに荒唐無稽なものと映ったからだ。

 「宣言」から6日後の1952年1月25日、朝日新聞記事は李承晩ラインについての水産庁の見解を次のように伝えた。当時の日本政府の「軽い」受け止め方をよく示している。

 「公海自由の原則は日米加漁業協定(注:協定の調印は52年5月になったが、3国は51年11月から交渉を続けていた)でも明確に認められたところであり、これに制限を加えることは国際法上根拠のないことで、あまり問題にはなるまいと思う」


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 李承晩ラインに端を発した竹島問題は、当初の「あまり問題になるまい」という日本政府の観測を大きく覆して、半世紀を経た現在も解決されない日韓両国の領土問題となってしまった。あるときは民族感情の象徴として、またあるときは外交問題として、両国のあいだで揺らいでいる。

 竹島は日本の領土で、韓国が現在続けている実効支配は不法だ。「奪われた島」の現在に至るまでの道のりを、シリーズでたどる。

主な参考資料:
・「国際機構に諮問し資料を検討、独島が適切と判断」仏教科書出版社(「中央日報」日本語版)
・第16回国会衆議院水産委員会議事録 第19号
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  • 最終更新:2010-06-13 15:50:14

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