ISSUE 韓国の独島 日本の竹島


2006年4月26日発行版   
ISSUE 韓国の独島 日本の竹島    
  
 
 
1849年仏人が発見 リアンクル岩礁  マッカーサー訓令の謎 

 1849年、1隻の捕鯨船が東海(日本海)を航行中、1平方キロにも満たない小さな岩礁を認めた。発見者はフランス人Le.Liancourtだった。この名は長く記憶されることになる。一般には岩の名前Liancourt Rocks(リアンクル岩)として覚えられた。第2次大戦後、「連合軍最高司令官総司令部覚書」に記されてからのことだった。1946年1月29日付GHQ指令「若干の外部地域を政治・行政上、日本から分離することに関する覚書」である。SCAPIN677として知られる。


狼たちの近代国際法

 この「リアンクル岩」こそ、韓国が「独島」、日本が「竹島」と呼ぶ問題の島なのである。領有権はどちらの国にあるのか、韓国と日本はSCAPIN677の解釈で大きく食い違いを見せた。

 
 
 戦後、日本は朝鮮を放棄した。この時、マッカーサー訓令であるSCAPIN677は、日本の行政権の及ばない島々の中に独島が含まれることを明記していたのだが、これらの島々が最終的にいずれの国に属するかを定めるものではないという一文も併記していたのである。このことが領有問題を複雑にしていく。
 1949年、駐日米政治顧問ウィリアム・シーボルドは、日米安保条約をどのように交渉すべきかを考えていた。そこへ、日本から「竹島」を帰属させてほしい旨の働きかけがあったといわれる。その年の11月、シーボルドは、ワシントンにリアンクル岩の再考を勧告する。米国務省はこれを受けて「我々の情報によれば(リアンクル岩は)朝鮮の一部として取り扱われたことがなく…」としながら、「竹島」が日本に帰属するという内容の回答を東京に送った。「竹島領有権」を主張する日本側の最大の根拠となった。米国は対ソ外交で、日本の北方領土問題を重要視せざるを得なかった。米国は「韓国の独島」をその戦略の犠牲にしようとしたのである。
 しかし、これは米一国の考えに過ぎず、国際的な公文として明記されたSCAPIN677はいぜん有効とされた。いずれにせよ、SCAPIN677が不明にした部分は、韓国・日本双方に領有権の主張できる論拠を残したと言える。
 日本側はその後、李承晩の「隣接海洋主権」(李ライン)の不当性を訴える。「竹島」が李ラインの韓国側に取り込まれている点をとりわけ強く批判したのだが、李承晩政権はGHQ覚書のマッカーサーライン(SCAPIN1033)に基づいていることに正当性を置いた。韓日漁業協定の締結で「李ライン」は消滅するが、独島領有権問題は棚上げされた。38度線の緊張、ベトナム、中・台問題などが焦眉の急としてあった。アジアでこれ以上、紛争の火種をつくることを米国は嫌い、韓国、日本ともこれに同意したのである。
 その間も、韓日両国は独島・竹島問題解決のための議論を重ねた。島を韓日共同の管理下に置き、国際公園にしてはどうかという話から、挙げ句の果て、いっそのこと、この友好関係の障害物を爆破してしまえという話まで飛び出す有様だった。いずれも適わぬ相談だった。領土問題はかくも国家利害に関わる深刻さを浮き彫りにしている。



 

 
 
 
 だが、独島・竹島はもともと国家利害の及びようもない、わずか1平方キロメートルにも満たない唯の岩礁だった。日露の軍事緊張が「日本海」上の「竹島」を重要戦略地点に押し上げた。日本(明治政府)の「竹島」編入を論拠づけたのは、「竹島」を「無主地」とするところにあったのだが、初めは「時局ニ際シ、韓国領地ノ疑イアル莫荒タル一箇不毛ノ岩礁ヲ収メテ、監視ノ諸外国ニ我国ガ韓国併呑ノ野心アルコトノ疑イヲ大ナラシムル」(内務省)と見なしていた。「他国ニ於テ之ヲ占領シタリト認ムヘキ形跡ナク」と見解を一転させるのはまさしく時局(日露戦争)を見定めてのことだった。島の軍事占領を万国公法は認めたのである。
 日本が「竹島」の島根県編入を告示したのは1905年2月22日。同じ年の11月、大韓帝国は日本から外交権を全て奪われた。
 その時代、「万国公法」 は弱小国の島々を数多く強大国に差し出した。
「百巻の万国公法は数門の大砲に如かず」
 福沢諭吉の言葉である。これより以前、木戸孝允は「万国公法は小国を奪う一道具」と喝破していた。万国公法は後々、「狼たちの国際法」と呼ばれた。
 日本は「竹島問題」をICJ(国際司法裁判所)に委ねるべきだと主張している。韓国側は応じていない。日本の識者たちの中には、韓国側の「及び腰」を云々する声がある。次の見方も成り立つだろう。
 万国公法の時代が去り、日本は領土問題への解決手段をなくし、ICJに頼る以外に手立てを持たなくなったという視点だ。だが、韓国が応じたとして、日本に勝ち目はないだろう。それに、負ければ北方領土返還に重大な影響が出る。かといって韓国側も国際法廷で展望は持てないだろう。サンフランシスコ条約はSCAPIN667に抵触するいかなる規定も設けていない。「竹島」も北方領土もSCAPIN677で日本から行政上分離されたまま、韓国とロシアが事実上統治してきた。ようするに、棚上げした状況で、国際法は逆に日本と韓国の協議に任せたいのである。
 韓国がICJに応じないのは、日本以上にそのことを心得ているからに他ならない。係争相手として日本を国際社会に認知させてしまうこと自体を韓国は嫌っているのである。存外、日本も国際法廷でどうにもならないことを見越しているのかもしれない。自らの国際社会での認知度を上げるため提訴の姿勢を見せているのかもしれないのである。
(編集委員 梁基述)


連合軍最高司令官総司令部覚書 「SCAPIN」第677号(抜粋)

 1.日本国外の総ての地域に対し、又その地域にある政府役人、雇傭員その他総ての者に対して、政府上又は行政上の権力を行使すること、及、行使しようと企てることは総て停止するよう日本帝国政府に指令する。
 3.この指令の目的から日本と言う場合は次の定義による。日本の範囲に含まれる地域として、日本の四主要島嶼(北海道、本州、四国、九州)と、対馬諸島、北緯30度以北の琉球(南西)諸島(口之島を除く)を含む約1000の隣接小島嶼。日本の範囲から除かれる地域として、(a)欝陵島、竹島、済州島。(b)北緯30度以南の琉球(南西)列島(口之島を含む)、伊豆南方、小笠原、硫黄群島、及び大東群島、沖ノ鳥島、南鳥島、中ノ鳥島を含むその他の外廓太平洋全諸島。(c)千島列島、歯舞群島(水晶、勇留、秋勇留、志発、多楽島を含む)、色丹島。
 5.この指令にある日本の定義は、特に指定する場合以外、今後当司令部から発せられる全ての指令、覚書又は命令に適用せられる。
 6.この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。


文明の驕り 餌食となった半主国

 万国公法、すなわち近代国際法は文明国家であるか否かを峻別する欧州の思考を基軸に編まれた。文明を有する主権国家を「自主国」とし、半未開国を「半主国」とし、最下位に未開人を置いた。自主国たちは半未開、未開人に対する征服の自由を持ち、領土割譲の権利を持ち、そして、互いにそれを承認し合った。日本は19世紀後半、半主国とされていたが、明治維新以来、近代文明国家へと驀進する姿を目の当たりにしてきた欧米は、この国を事実上、文明国の扱いで遇するようになっていた。
 日本の明治政府が、独島を「無主の地」と見なすことができたのは、万国公法があったゆえである。島が無人島であったからではない。人が暮らしを持っていようが、現地民族の国が存在しようがそこを未開、半未開とみなせば開拓、征服することを国際法は可能にしたのである。
 当時の朝鮮もまた半主国と見なされたが、中華冊封の体制は欧米の軽蔑の対象となった。
 自主国は半主国を国家として一応承認すべき立場に置かれ、条約等を締結する義務を負ったが、その国の法を順守する必要がなく、先ずは、自国民保護を理由に不平等条約を強要し、次に保護国とする事件が頻発した。もちろん、武力制圧は正当化された。米国のフィリピン支配と日本の朝鮮支配を相互承認した桂―タフト協定や、日本の韓国保護条約と併合は典型例として見ることができる。
 1907年、時の大韓帝国皇帝・高宗が、日本の不当支配をうった
え、オランダ・ハーグの国際司法裁判所に密使を送った事件がある。密使は門前払いにされ、皇帝は日本の手で幽閉された。国際連盟もまた、ウィルソンの「民族自決」をアジアに適用することを認めなかった。後に結成される朝鮮上海臨時政府もまた、承認してくれた国はエストニア一国に止まった。
 近代国際法とはそのようなものであったという総括は、実は、現在も先進主要国では不十分だといわれている。独島問題に見る韓国と日本の見解・態度の差がそれを象徴している。ようするに、半主国として万国公法の最大の受恵者であった日本と、半主国として万国公法の最大の被害者であった韓国が、今も万国公法時代の遺物、独島・竹島の領有をめぐって争っているということだ。
 開発途上国の人々は万国公法を「狼たちの国際法」と呼んでいる。彼らは今も、その精神が脈打っている現実をそこかしこで目撃している。
 日本の韓国併合が合法であったと言って憚らない日本人諸氏を見ても人々はそのような眼差しを向けるだろう。日本の「日韓併合合法論」は万国公法に論拠を置いていると言っていい。
(論説主幹・李泳煥)




東海の風波 EEZ画定交渉(上) 
 東海(日本海)の排他的経済水域(EEZ)をめぐって激しく対立した韓日両国は、21、22日の2日間ソウルで行われた次官級協議で当面の危機を回避した。




 

 
     
  
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TITLE:統一日報
DATE:2008/12/30 00:36

  • 最終更新:2009-03-06 12:31:25

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